西部ガス情報システムカーリング部

カーリングにかけた夢

1998年長野オリンピックでの男子カーリング、決勝トーナメント出場をかけた日本対アメリカ戦をご記憶の方も多いかと思います。同点で向かえた最終エンド、日本のスキップ(主将)敦賀信人のスーパーショットを打ち砕くアメリカの最終ショットは、わずか2cmの差で日本よりも円の中心に近かったのでです。まだまだ短い日本カーリングの歴史に、伝説の1ページを作ってくれたこの試合は、生涯忘れることはないでしょう。

我社、西部ガス情報システム株式会社(略称:SIS)にカーリングチームができたのは、平成4年6月のことでした。社内のスポーツ好きの連中をかき集めて、とりあえず頑張っていたその頃、カーリングにも日本選手権大会(全国で8チーム出場)というものがあり、しかも近畿以西にも代表枠が一つあることを知りました。勝てるわけがないと思っていたので、勉強のつもりでその近畿以西代表選考会に出場してみました。ところが、何と優勝してしまい、平成5年3月に北海道帯広市で行われた、第10回日本カーリング選手権大会出場の切符をもらってしまったのです。当然結果は惨敗です。ただ、悔しさや恥ずかしさは全くなく、むしろ初めてカーリングを見れたという喜びの方が強かったことを今でも覚えています。大会期間中は北海道のたくさん方々にカーリングというものを教えて頂き、SISカーリング部全員の気持ちの中に、いつの日か日本一になるという夢までもできていました。

2年目以降の我チーム「SIS Dreams」は見違えたように練習に励み出しました。幸い今年の第15回日本選手権大会まで、男子チームは6年連続出場を果たしており、昨年初出場した女子チームも2年連続出場を継続中です。今大会は男子が予選リーグ2勝5敗の6位で、女子が1勝6敗の7位でした。優勝は男女共、オリンピック出場の日本代表チームでした。SIS男子チームは2位の長野県チーム、3位の北海道チームとの試合で、共に最終エンドの最終ショットで決まるという白熱したゲームを行うことができ、女子チームに至っては、ついに北海道チームに勝利するという快挙も成し遂げました。確かに男女共にこれからの壁は高いと思いますが、いつの日かその夢をつかむために、これからも頑張っていきます。

日本ではカーリングはまだまだマイナースポーツです。競技者人口も約3千人で、大半が北海道の方々です。西日本に至っては100人(福岡、島根、広島、岡山、京都、大阪、愛媛、和歌山)ぐらいです。カーリングはオリンピック種目とはなりましたが、まだ国体種目にはなっていません。カーリングは施設が少ないことが一番の普及の妨げとなっています。実際私達もスケート場の片隅で細々とやっています。最近は町興しとしてカーリング専用場をつくる地域が少しづつ出てきています。今後、全国にカーリング場ができることも夢見て、SIS Dreamsは普及活動にも頑張っていきます。